北海道に行こう

7月18日、5時に目が覚める。
夜通し回し続けた扇風機が涼しい風を吹き付けている。
「まだ、早いな」
と思いながら、リズム、カノンの背中を撫で言い聞かせる。
「帰るまでお利口にしときなよ」

昨夜準備したザッグと手提げ鞄を持ち6時10分に家を出る。
今日も暑くなりそうだ。

夏休みのピーク時期であるが、早めにインターネットで検索したこともあり伊丹―千歳間の格安往復チケツトを手に入れることが出来た。
伊丹航空にはフライト1時間前に着いた。
登山用具の入ったザッグを預けにカウンターに行く。
透視カメラを見ていた係員が言う。
「高圧ガスボンベが入っていませんか」
「登山用の小型ボンベが入っています」
「機内持ち込み禁止ですので、お帰りの際、此処で受け取って下さい」
ウーム。
知らなかったとは言え迂闊であった。
これでは、夜明けのコーヒーが飲めないではないか。

次に、手提げ鞄を持って搭乗カウンターに行く。
X線カメラを見ていた女性が呼び止める。
「お客さん、ハサミが入っていますね。客席への持ち込み禁止ですから千歳空港のカウンターで受け取って下さい」
ウーム。
スペイン出張を思い出す。
あの時は小型のサバイバルナイフだった。
「JNさん、ハイジャュックするつもりですか」
と同僚に言われた。
学習機能が出来てないな。また同じ失敗を繰り返していると苦笑する。

座席は非常扉の前で、ゆったり足を伸ばしたり、扉の小窓から外界を覗くこともできる。
曇り空ではあつたが所々に青空も見られる。
この天気が持てばいいなと思いつつ、昨夜、ギリギリに届いたKIのメールを思い出す。
「20日は雨になりそうなので、山行きは一日早めましよう」

・・・・前回北海道に帰ったのは、もう10年以上前になります。
実家も無くなっているし、墓も兄が奥多摩に移してありません。
帰る理由が無くなったのです。
昨年、東京で行われた羊蹄会で、
「次回は、北海道で会おう」
ということになり、還暦でもあり、参加することに決めていました。

5年ぐらい前から、ゴルフ、テニスに代えて山登りを趣味としています。
今回も半分は明日から行く十勝岳登山を楽しみに来ました。

それから、孫がまだなので、その分3匹の犬を可愛がっています・・・・

1万メートルの高度、雲上の青空を小さな窓から眺め、同窓会の挨拶を考えたり、40年前の同級生の顔を思い浮かべていた。

                    同窓会

ホテル・ルーシス札幌はススキノを南に少し行ったところにある。
碁盤状に設計された札幌の街は、住所さえわかれば迷うことはない。
会が始まる5時までには時間があるので歩くことにした。
私の記憶の街とはすっかり変わった駅前通りを、何処に想い出を探して・・・

ホテルでは結婚式が行われていて、中庭では新郎新婦が記念写真を撮っている。
来賓のI先生、S先生を迎え「潤う会」は始まった。
I先生の若々しさには感心した。
もう80才を遠に過ぎているであろうに矍鑠としている。

一番遠くから参加したというので、乾杯の挨拶を頼まれた。
1万メートルの上空で考えた挨拶を短めにし、先生方へのお礼を加えて話した。

会はクラス別に自由に話す形式で進められた。
D組の参加者は、KI、EAの女性を含め13名であった。
多少期待していたA、K、S、Mの姿が無かったのは残念であるが、それでも、2人の女性が参加したので我々のテーブルは華やいでいた。

暫くして、私は席を離れ、懐かしい顔の見えるテーブルを回った。蘭越の仲間では、O、S、Hが元気な姿を見せており、女性ではM、N、それに幼なじみのKも出席していた。
「インターネットで検索したら、Mさんの報告が出てきましたよ」
「え・・・そ、知らなかった。今度見てみる」

B組のテーブルにはI先生がいる。
隣に座り話す。
話ながら、黒板に書かれた先生の整った文字を思い出していた。
私は数学が好きだった。
先生の授業は楽しかった。
三次関数の一般解をソ連アカデミー刊行の学術書を図書室から借り検討したりしていたのは2年生の時だった。

E組のテーブルを見ると、Kの隣が空いる。わざと目を合わせないような素振りに見えたが、隣に座る。4年前の東京の同窓会では35年振りということもあり久しく話した。
今回は、主人が病気で倒れたこともありテンションが低かった。
まあいいや。高校では赤の他人同様の二人だったんだから。
そして今は、40年前の高校時代なのだから。

席を代え、和室で自由に話す二次会となる。
やがて、二次会も終わり、名残惜しい者は札幌の夜の街に出て行った。

私は、明日早いので飲みに行くのは止め、SNを誘いサッポロラーメンを食べに行った。
宿に戻るとまだ誰も帰っていない。

SNと枕を並べて床に入り話した。
同級のAが、歌集を出したということで、その一冊をSNが持って来ていた。
大学時代、Aが詩集を出したことは知っているが私は読んでいない。
話が尽き、SNが隣で眠ったので、私はAの歌集を読んだ。
解説者がいうように、和歌はそれなりのものなのだろう。
だが、私には高校時代のAと繋がる接点を何処にも見いだすことが出来なかった。
三分の一程読んだところで、歌集を置き眠ってしまった。

                   山に行こう

昨夜遅くまで街に出て行った連中が爆睡している。
SNもまだ眠っている。
4時、目覚ましの鳴る前に携帯のスイッチを切り布団から抜け出す。
荷物を室内からロビーに移し、出発の用意をする。

カウンターで支払いを済ませ、昨夜予約しておいたタクシーに乗る。
空はどんよりと曇っている。
「今日の予報はどうですか」
「曇りで、あまり良くないようですよ。お客さん」
登山姿の私を見て、運転手は気の毒そうに言う。

タクシーは、早朝の札幌の街を北二十七条のライオンズマンションに向かう。
此処で合流することになっていた。
間もなく、派手な登山姿でKIが出てきた。
少し遅れてEAもタクシーで駆けつけた。
 
ザックを詰め替え、KIのワゴン車でスタートしたのは5時半である。
「今日は、雲が多いようだな」
「朝は曇った方が、後で晴れるのよ。大丈夫、Jさん」
KIは自信ありげに言う。

「高校を卒業して40年後に一緒に山に登るなんて思ってもみなかったわね」
隣のEAと取留めもない世間話で笑いながら運転する。
広々とした北海道の大地のなか、道央高速を飛ばして行く。
呆れるほど元気な還暦嬢だ。

高速を降りて富良野に向かいだした頃から山際の空が明るくなる。
「ほら、明るくなってきたでしょう。山が見えてきましたよ」
私は嬉れしくなった。

前方の山々の稜線がくっきり見えだしてきた。
広々とした平原の奥に山波みが現れ、だんだん大きくなってくる。

途中、山に見とれ道を間違えたたが、十勝岳温泉には9時半に着いた。
50台の駐車場はすでに満車で路肩駐車の列も100メートルほど続いていた。
「私が見てくるわ」
EAが駐車場に行き、出て行きそうな車に目星をつけて様子を探ぐる。
「あの車、出るところよ。どう、私も役に立つでしょう」
この春、小学校の教員を定年退職した元女教師が誇らしげに言う。
「そう、えらいえらい、Eちゃんは偉い」
とこれもまた退職した元保健婦が話を合わせる。

遅めの朝食をとり、登山準備をする。
準備といっても、私の場合5分とかからない。
「どお、女性と来ると、感が狂うでしょう」
ああだこうだ言い合いながら20分以上かけてようやく出発となった。

目の前に上ホロカメットクの鋭い岩峰が見られる。
間もなくあの山頂に立てると思うと心が浮き立つ。

登り始めたのが10時とやや遅かったこともあり登山者はまばらであった。
安政火口まで一般観光客も混じり探勝している。
三段山分岐まで30分、快晴の青空をバックに富良野岳が美しい。
「KIさんの判断はスバラシイ。さすが晴れ女だ」
私は、大いに感謝した。
明日の天気は保証がない。

KIはこのコースは経験済みで、更に十勝岳からトムラウシを縦走している。
高校の登山部からの山登りであるから30数年のキャリアだ。
EAも社会人となってからかなりの登山歴があるようだ。

道端の高山植物を語り合いながら、世間話も加えゆっくり進む。
私の登山とは大違いだ。
少しでも早く目的地に行こうとする。
頂上でもそんなにゆっくりすることはない。
早く下山しようと急ぐ。
早く帰るのが目的の如く。

彼女らに話を合わせたり、高山植物の説明を受けながら登る。
最初に出会った花はゴゼンタチバナ、緑の葉の上に白い可憐な花を付ける。
続いてツガザクラ。
多くは、白か青味の小さな花であるが、エゾツガザクラはピンクの花であることも教えられた。
 
岩場が多くなり安政火口が大きな口を開けている。
後ろから、初心者らしい登山者が数人ついてくる。
「だいぶ疲れたのですが、登れますか」 
「大丈夫です。上ホロまでは私達も行きますから付いていらっしゃい」
とKIは頼りありげに話す。

富良野岳がかなり近くに迫ってきた。
私は、上富良野分岐を見逃したのではないかと気係だった。
「大丈夫、まだ1500メートルに達していないから、分岐はこの先よ」
高度計を見てKIは言う。
彼女の言う通り十分ほど行くと上富良野分岐の標識があつた。

そこから丸太で作られた300段の急登となる。
私はゆっくりと登る。
彼女たちもベテランであり、話しながらでもそこそこのペースで登っている。
いつしか、後ろから付いてきていたグループは見えなくなった。
最後の急坂を登ると上富良野岳1893メートルのピークに達した。
薄緑の山・富良野岳の雄姿が素晴らしい。
すぐ前に上ホロの岩峰が続く。

EAがポットに入れて持って来たコーヒーをご馳走になる。
暖かくて美味い。
伊丹空港で没収されたガスボンベが思い出される。
持って来ていたら熱いお湯を沸かせたかも知れない。
女性陣の食べ物、飲み物に対する用意には感心する。
果物もオニギリも美味しくいただく。

ここから、上ホロまではお花の宝庫であった。
岩ヒゲの白い小さな花が群生している。
続いてウコンウッギの黄色いやや大きめの花が現れる。
その下にチングルマも顔を出す。

快晴の青空、厳しい岩肌の上ホロ、そこに咲く可憐な花々。
「スバラシイ」の連発で進んだ。

確かに、こんなに多くの花を見ながらの登山は初めてである。
花の名前も多く教わった。

稜線を20分ほど歩くと上ホロカメットク1920メートルの頂上に着いた。
東北に続く稜線の先には黒い溶岩の十勝岳が偉容を誇る。
新火口からは白煙が垂直に上がっている。
左手には三段山、その手前に安政火口、そして富良野平野の緑が続く。

石に腰を下ろし、ウイスキーを一飲みする。
登頂の祝杯だ。
オニギリ、バナナやお菓子その他、食べ物が豊富だ。
私はオニギリを2個食べる。
IKとEAの珍会話を聞きながら大砲岩の方を見る。
そこで彼女達と別れ、独り十勝岳に登る計画だ。


彼女らに手を振って分かれ、十勝岳に向かう。
火山灰のゴロゴロ敷き詰まった直登の道ではあるが、足場はしっかりしていて登り易かった。
振り返ると上ホロ、上富良野岳へと道が続き、登山者が小さくが見える。
彼女らは避難小屋の辺かなと思いつつ、また頂上に向かい足を速める。
独りになると先を急ぐのが癖となっている。

2077メートル、十勝岳頂上に着いたのは2時20分だった。
周辺は誰ひとり見あたらない。
安山岩の大きな岩に腰掛け、今日2回目のウイスキーを飲む。

眼下に白煙を上げる新火口、その周りに広がる広大な溶岩大地。
それが望岳台まで続いている。
目を移すと美瑛岳の岩峰が聳え、その遠方に薄すらとトムラウシ、旭岳の山波みが望まれる。
独りで〈貸し切りの十勝岳頂上〉を満喫する。

望岳台への下山は、溶岩流により出来た火山礫の道だ。
三浦綾子の小説「泥流地帯」の舞台となった所だと思いながら足早に進む。
昭和火口の横に達した時、携帯がなった。
3時15分、上富良野岳頂上だという。
彼女らのペースだと下山に2時間ぐらいかかるだろう。
それから望岳台まで車できても6時過ぎだろう。
私の方は、2時間弱で望岳台まで着けそうだ。
そう思いながら登山地図を見ていると、雲の平分岐から少し行ったところに吹上温泉に行く道があるのに気がついた。
「そうだ、この道を行けば同じぐらいに白銀荘に着けるかも知れない」

これで急ぐ理由も出てきた。
大股で歩調を速めた。
十勝岳避難小屋までは上から見た以上に距離は長かった。
3時30分、此処までくると電話が通じた。
「白銀荘に直接行くから向かいに来なくてもいいよ。多分同じ頃に着くはずだから」

この雄大な火山灰の大地に人一人見あたらない。
一時ガスがかかったが、それも晴れ、振り返ると十勝岳が見守っている。

十勝岳避難小屋は外見は立派だが、中は暗く感じの良い小屋とは言えなかった。
小屋前の石段に座り、前方の望岳台、白金温泉の景色を眺めながら、最後のコーヒーを飲み干した。

雲の平分岐から20分ほど行くと、〈白銀荘へ〉の小さな矢印があった。
そして、その小道は泥流の河原で途切れていた。
泥流分岐と言われているところで大雨が降ると泥流が道を遮る。
横道にそれては引き返し、何とか正しい道を見つけ進んだ。
通る人がよほど少ないのであろう。
獣道のような小道を笹をかき分けて行った。
ナマコ尾根では渓流が道を遮っている。

白銀荘には私の方が十分ほど早く着いた。
吹上温泉保養センター白銀荘は公営の施設で、素泊りだけであるが、大きな温泉があり、自炊設備も完備している。
何より周りの景色が素晴らしい。
まずは、ゆっくり温泉に浸かりご機嫌であった。
その夜は、彼女らが作った豪華な鍋料理を囲み宴会となった。

山の話
高校時代の話
最近の生活話、
話好きの女性の会話を聞き、
鍋を突っつきながらロング缶を3、4本空にした。
時間の経過はもはや記憶の外であった。
   

                  パッチワークの丘 

20日、朝起きると雨であった。
IKの予報がピタリと当たった。
最初の予定通りならこの雨の中の登山となっていたろう。
大いに感謝する。

昨夜大宴会の後、もう一度温泉に浸かってから床についたので、朝までぐっすり眠った。
いつもは3匹の犬が布団の中をゴソゴソしているので、ぐっすり寝たのは久しぶりの様な気がする。
朝風呂に浸かり出て来ると、朝食の用意が出来たという。
雨が降っているが時々顔を出す山岳を眺めながら朝食をとる。
今朝のコーヒーは格別に美味かった。
 
帰りに望岳台に立ち寄る。
時折小雨がパラツクが十勝岳、美瑛岳の雄大な自然が広がっている。
そこから、美瑛・パッチワークの丘に行く。
そこには、KIが旅で友達となった写真家がスタジオを開いていた。

パッチワークの丘はシーズンを外れているのか彩りが少なかった。

小さなパン屋に入いり、広々とした景色を眺めながら、創り立てのパンとコーヒーを楽しんだ。

    長閑である 
    時が止まったようである

                             (2008年2月 完)


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